濃いお茶がこわい

ブログ名は、落語「饅頭こわい」のさげ。よく出来た話である。

【読書log】おめでとう/川上弘美

やんなっちゃったからには、旅に出るしかないんじゃないでしょうかと言いあい、その場で行く場所と日にちが決まった。

「春の虫」の一文。この一文が頭から離れない。この言葉が、とにかく落ち着く。どこか寂しい。どうして重なる。どこか羨ましい。いやに鬱陶しい。なぜか温かい。やけに微笑ましい。旅に出るしかないんじゃないんでしょうか、と言いあえる親しき仲と物理的距離感。さて、二人はどこに旅立ったのか。文章中には書いていない。(見落とし?)いや、場所はいらない、ストーリーは何事も無く流れていく。というか、気づかない。どこに行こうが、「やんなっちゃったから、二人は旅に出た」のだ。ここら辺がきっと川上弘美の魔法?ということになるのではないか。と思う。今回の物語以外にもほとんど当てはまる。少し大げさな不自然を自然に、突拍子もない非日常を日常に、を、難なくやってのける。(むしろ、今回の物語以外の方がより実感できると思う)しかし、それらは相互に作用している、程よく。「どういう状況?」という疑問が終いまで頭の隅にいるのに、ストーリーは進んでいく。その「状況を理解はできないけれど、よくわからないけれど、受け止めてしまっている」、そんな快感を覚える作家を他に知らない。

解説もかなり読み応えがあってよかった。なかなかの書き手で、本編をよく噛み砕きつつ独自の視点があった。文庫において、解説はかなり比重がある。本編を読み終え余韻に浸っている読書は、いわば火が通ったばかりの煮物といったところか。そこからさらにグッと味を染み込ませるには、粗熱をとり冷やす。と、具材により味が染み込む。言い換える、膨張した高揚感(読後感)を冷静な語り口と分析によって、納得感に変化せしめる。と、ころっと「いい本」だったと読者は言うようになっている。その役目を十分すぎるほど、解説者は果たしていると思う。

さいごに、「おめでとう」の見開きはずるい。これをやられてしまったら、もう何も言えない。