濃いお茶がこわい

ブログ名は、落語「饅頭こわい」のさげ。よく出来た話である。

【読書log】ひとりずもう/さくらももこ

久しぶりに中古コーナーを巡った。何とも嬉しいような悲しいようなシステムである。一度他人の手に渡ったからといって「この本がこの値段かよっ」と三村ばりのツッコミを入れる。だからもちろん、さくらももこの『ひとりずもう』を手に取った時も「100円かよっ」とツッコミ、会場を爆笑の渦に叩き込んだ。

さくらももこ、かわいいっ!笑、スタンディンオベーションである。鳴り止まない拍手。あちこちから「ブラボ」の声が聞こえる。と、これはオーバーだが、いいエッセイだった。実に。リアルなぐだぐだ感といい、シュールな自己批判といい、丁度いいクズ具合がたまらない。この人と同郷なのかと思うと、誇りに思う。そして、私もこんな青春を過ごしてみたかったかも…。こうして書くと、さくらももこが全く何の苦労もなく、今の地位にいるようだが、多分それは違う。エッセイでは面白おかしく書いているが、本当は、もっともっと苦悩していたように思える。だからこそ、面白おかしくなる。本当に何もない青春時代なら、こんな風にきっと書けない。きっと、自身の中で思う所がたくさんあったんだろうなと。

私は、時々女の人の感性に憧れる。けどそれは、絶対に越えられない境界線への好奇心でしかないのかもしれない。女の人が書くからこそ、面白い場面や感情、ふさわしい表現がある。そんな時、私が女性だったら…と思わずにはいられない。だからといって、女性になりたいとは思わない。むしろ男性でよかったと思っているし、もし仮に来世があるとして、来世も男性に生まれたいとも思っている。だが、文章を書くことにおいては、時々女性だったならと思う瞬間がある。その時点で、男性目線ではあるものの(女性であれば、恐らく気づくことのない感情であるが)、ただただ憧れるのである。

こうして心動かされるエッセイに出会い、そして別れるのはやはり辛い。さらば、さくらももこ。でも今度会った時には、巴川の辺りの居酒屋で一杯やろう。そうやって誘えるのは、もしかしたら、男の特権かもしれない。